♪ 赤い靴 はいてた 女の子・・・ |
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異人さんにつれられて 行っちゃった・・・♪ |
童謡「赤い靴」ゆかりの地・鰺ヶ沢町に銅像を建てよう
赤い靴記念像建立協賛会
赤い靴記念像建立協賛会では、童謡「赤い靴」ゆかりの地である鰺ヶ沢町に、モデルになった女の子きみちゃんと両親の親子3人の像を建てるため募金活動をしています。
どうぞ、皆様のご協力をお願い申し上げます。
モデルになった女の子・きみちゃん
野口雨情が作詞、本居長世が作曲し、今もなお歌い継がれている童謡「赤い靴」のモデルになったのは静岡県出身の岩崎きみちゃんという女の子だと言われています。
きみちゃんの義父は鰺ヶ沢町の出身
きみちゃんは、実母と義父が北海道の開拓地へ入植する際に、アメリカ人の神父に養女として預けられました。
実母は岩崎かよさん(故人)といい、きみちゃんを連れ子して結婚した相手が鰺ヶ沢町本町出身の鈴木志郎さん(故人)という人です。
実話を詩に綴った野口雨情は志郎の友人
志郎さん夫婦と野口雨情は同じ新聞社に勤め、また、一軒家を借りていっしょに住むほど親しい間柄でした。そのときに聞いたきみちゃんのことを、詩に綴ったものが童謡「赤い靴」だと言われています。
親子は離ればなれのまま9歳で早世
詩では、赤い靴をはいていた女の子が異人さんに連れられ、横浜港から外国に渡ることになっていますが、実際のきみちゃんは、結核を患ったため外国に渡ることはありませんでした。
結核を患い、二度と両親に会うことなく、東京麻布の孤児院で9歳で命を閉じました。
赤い靴の悲話・・・全国4カ所に像が建立
この悲話は、後年、妹にあたる方がきみちゃんのその後の足跡をたどったことをきっかけに判明しました。昭和50年代のことです。
それを機に、全国のゆかりの地には「赤い靴の像」が次々と建てられています。
ゆかりの地鰺ヶ沢町にも像の建立を
ゆかりの地のひとつである鰺ヶ沢町に対しても、各方面から親子3人の像を建立し、愛、いのちの尊さを伝えるメモリアルとしてはどうかという声が多く寄せられています。
このため、鰺ヶ沢町内の有志が集い、赤い靴記念像建立協賛会を設立し、募金活動をスタートしました。